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嘘に誠

鶴見俊輔さんが7月20日にお亡くなりになりました。歴史社会学者の小熊英二さんが素晴らしい追悼文を朝日新聞に寄稿されていたので以下に転載しておきます。

 さる7月20日死去した鶴見俊輔氏には、日本の慣用句を寸評した「かるたの話」という文章がある。そこで彼は、「うそから出たまこと」という慣用句に寄せて、こう述べている。
 「(戦後に)新しく、平和憲法という嘘が公布された。これはアメリカに強制されて、日本人が自由意志でつくったように見せかけたもので、まぎれもなく嘘である。発布当時嘘だったと同じく、今も嘘である。しかし、この嘘から誠を出したいという運動を、私たちは支持する」
 鶴見は、自分の代表作は『共同研究 転向』だと述べていた。そこで扱われたのは、戦前に国家主義に転向した左翼知識人と、戦後に占領軍へ追放解除申請を書いた右翼や政治家たちだった。鶴見はこう述べている。「赤尾敏とか、笹川良一とか、みんな申請書を書いているんだよ。だいたいは、私は昔から民主主義者だ、追放解除してほしい、そういうものだよね」(『戦争が遺したもの』)
 鶴見は「優等生」を嫌った。優等生は、先生が期待する答案を書くのがうまい。先生が変われば、まったく違う答案を書く。教師が正しいと教えた「枠組み」に従う。
その「枠組み」には、共産主義や国家主義など、あらゆる「主義」が該当する。「日の丸を掲げないのは非国民だ」「マルクス主義を支持しないのは反革命だ」といった枠組みを、鶴見は生涯嫌った。彼はその対極として、「作法」や「党派」から自由な、大衆文化や市民運動を好んだ。
鶴見にとって、枠組みを疑う懐疑と、ベトナム反戦や憲法九条擁護の運動は、矛盾していなかった。その理由を、南方戦線での従軍経験もある彼は、こう述べている。
「私は、戦争中から殺人をさけたいということを第一の目標としてきた。その信念の根拠を自分の中で求めてゆくと、人間には状況の最終的な計算をする能力がないのだから、他の人間を存在としてなくしてしまうだけの十分の根拠をもちえないということだ。殺人に反対するという自分の根拠は、懐疑主義の中にある。……まして戦争という方式で、国家の命令でつれだされて、自分の知らない人を殺すために活動することには強く反対したい」(「すわりこみまで」)
鶴見は運動においても、新しい「主義」を次々と輸入し、次々と乗り換える作法を嫌った。彼が好んだのは、古なじみの慣用句や通俗的な文化に、意想外の意味を与えていく大衆の想像力だった。彼は西洋思想を掲げる学生運動家を好まなかったが、1960年代の学生たちがヤクザ映画を愛し、製作者の意図をこえた意味を与えていることには共感を示した。
国という枠組みにこだわらない彼は、日本の外にも、そうした想像力を見いだした。その一つが、征服者が押しつけた聖母像を、メキシコ先住民たちが褐色の肌の女神につくりかえた「グアダルーペの聖母」である。
 そして日本の大衆も、アメリカが押しつけた憲法を、アメリカの意図をこえて受容した。追放解除を経た政治家が首相となり、アメリカとの安保条約を改定しようとしたとき、彼らはその憲法を掲げて抗議した。恐らく鶴見はそこに、「嘘から誠を出したいという運動」をみただろう。
 鶴見の肉体が滅んだ4日後の24日金曜、夜の国会前を埋めた万余の群衆は、「憲法守れ」「民主主義ってなんだ」「誰も殺すな」と叫んでいた。これらの使い古された慣用句に、大衆が新しい意味を与えている場面をみたら、鶴見は喜んだだろう。たとえ彼らが、「鶴見俊輔」などという名前を、一度も聞いたことがなかったとしても。

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