ホーム>特定社会保険労務士ブログ>特定社労士奮戦中>企業統治
特定社労士奮戦中

企業統治

朝日新聞の「証言 そのとき」には、オリックスのシニア・チェアマンの宮内さんが登場していますが、今日の最終回(官の道民の道10)で解雇規制についてちょっと触れています。
以下、引用です。

冷戦の終結とバブル崩壊が重なった1990年前後は、日本にとって大きな転機でした。奇跡と呼ばれる成長を遂げた日本企業は、グローバル競争の中で負け始めるようになった。
なぜか。つきつめれば「官」と「民」とが依存し合ってきた関係のもろさが表れたのだと思います。
わたしはちょうど90年代の初めごろから、株主の利益にかなうよう自らを律する「企業統治」が課題だと考えるようになりました。
高度経済成長期の日本では、企業が官による規制で守られる一方、従業員の雇用や下請け会社の保護など、本来は官が担うべき福祉まで背負わされてきました。この結果、例えば、いちど正社員として雇われれば、努力を怠ったとしても会社にしがみついていられる仕組みが生まれました。
「業績が悪くなっても、社員には草むしりをさせてでも雇用は守ります」。そんな企業もありました。一見、麗しいことのようにみえますが、そこには安定した暮らしという既得権益を守るという供給者側の論理しかない。消費者側の視点が抜け落ちています。
リスクを負ってお金を出した株主に応え、そのお金をできるだけ効率的に使って報いるよう努めるのが企業統治です。利益を生み出し続けるには、今まで誰もみたことのないような面白いもの、世界中の消費者に受け入れられるものを提供しなければならない。
この1点に集中して競争している海外企業に対して、もはや日本企業の優位は崩れてしまっています。
「官」も消費者ではなく、供給者の方を向いて行政を進めてきました。企業をきちんと規制してコントロール下に置いておけば世の中がうまくいく、という発想だったからです。このため「苦しい」と泣きついてくる企業に対しては、できるだけ守ってあげようという姿勢で臨んできた。結果的に、企業の自己統治をゆがめてしまったのです。
いま、政府が中心になって企業統治の強化が議論され始めているのは大きな前進だと思います。ただ、企業の経営者は、政府にむちで打たれて走る馬なのでしょうか。そうである限り、その経営者は駄馬でしかない。議論が「社外取締役を過半数にする」といった形式論に陥りがちになっていることも気にかかります。 

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.tokutei-sr.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/488